場面緘黙が治って、udonの人見知りはどうなったのか?

場面緘黙が治った後、果たしてudonは幸せになったのか?
場面緘黙(ばめんかんもく)が治ってよかった、バンザイ!
そうやって、すべてが解決したかのように言えたらどんなに楽だっただろうか?
当時の私には、そんな甘い幻想を抱く隙さえありませんでした。
ようやく言葉という武器を手に入れたはずなのに、入れ替わるようにして、私を追い詰める別の影が忍び寄ってきたのです。
外見や、自分自身の在り方に対する根深い悩み。
それは、私という人間の生き方を根本から揺るがすような、とても重たいものでした。
当時の学生生活の中で、私はそれと向き合う余裕など持ち合わせていませんでした。
ですから、当然のことかもしれません。
「人見知り」など、治るはずもなかったのです。
​高校生の時の違和感
高校生の頃の私は、ありがたいことに友人と呼べる存在がいました。
決して孤立しているわけではありません。
しかし、どこか決定的にかみ合わない感覚がありました。
誰かと接しているとき、いつも心の中に冷たい風が吹いているような感覚があったのです。
今回は、そんな当時の私についてお話ししようと思います。
その友人と親しくなったのは、高校二年生のときのことでした。
明るく振る舞い、私を友人として受け入れてくれたその人のおかげで、当時の私はなんとか学校という閉鎖的な空間で孤立せずにいられました。
助けられているという思いも、たくさんありました。
それなのに、人間関係というものは、どうしてこれほどまでに脆いものなのでしょうか。
​決定的なある出来事
その出来事が起きたのは、高校三年生に上がったばかりの頃だったと記憶しています。
ある朝、体育館で行われる集会へ向かうときのことでした。
私は常に、自分の外見に対して過敏になっていました。
鏡も見られず、常に傷つき、「他人に迷惑をかけているのではないか」と一日中ビクビクして過ごしていたのです。
そんな状態でしたから、注意力がどうしても散漫になってしまっていました。
その日も友人と歩きながら体育館へ向かっていましたが、頭の中は自分のことでいっぱいいっぱいでした。
隣にいた友人が、何かを話しかけてくれていたのでしょう。
けれど、私はそれに気づくことさえできませんでした。
周囲の音も言葉も、頭の中の雑音にかき消されてしまっていたのです。
今思えば、それはまるで無視をしているかのように見えたのかもしれません。
私には、そんな悪気は一ミリもありませんでした。
ただ、自分のことで精一杯だったのです。
しかし、それがきっかけで、私と友人との間に決定的な亀裂が入ってしまいました。
誤解と、埋まらない溝
そのあと、なんとか言葉を尽くして誤解を解こうと試みました。
謝り、状況を説明し、決して無視をしたわけではないと伝えました。
相手は頷いてくれました。
だから、誤解は解けた……
そう、見えただけだったのかもしれません。
一度できてしまった溝は、言葉一つで埋まるような浅いものではなかったのです。
それからというもの、私は相変わらず友達との間に、言葉にできない疎外感や冷たさを感じながら通学することになりました。
教室の空気が、以前とはまるで違います。
私に向けられる反応は、どこか氷のように冷たいのです。
朝、挨拶をしても、返ってくるのは素っ気ない声。
横に座っていても、感じるのは息苦しさだけでした。
どうすればいいのか、まったくわかりませんでした。
自分の至らなさに、ただ絶望するしかありませんでした。
私はもう戻れないのでしょうか。
一度できた亀裂はそう簡単に修復できるものではない。
そう思い知らされました。
あの時、もっとうまく立ち回れていれば。
胸の中には、常にどす黒い罪悪感だけが渦巻いていました。
なんてダメな人間なんだ……。
本当は、外見についての悩みや、自分が今どれほど追い詰められているのかを、正直に伝えなければならなかった。
でも、そんな余裕が、当時の私にあるはずもありませんでした。
誰にも理解されるはずもない孤独の中で、私はただ苦しみ、もがくだけでした。
緘黙後の過酷な世界
場面緘黙という「言葉が出ない」という壁は、確かにあの時崩れたのかもしれません。
自分の意志で、相手に向かって声を発することができます。
それは、私にとって命を懸けた一歩でした。
けれど、それが「問題の終わり」を意味するわけではありませんでした。
むしろ、それは「自分という存在との苦悩の始まり」だったのだと思います。
緘黙が治ったからといって、性格が急に明るくなるわけでなければ、人付き合いが急激に上手くなるわけでもありません。
私は相変わらず、不器用で、臆病で、些細なことで傷つく人間でした。
自分の外見を気にしすぎて、人の好意さえも素直に受け取れない。
そんな自分が、嫌でたまりませんでした。
もし、あの時、自分の心の弱さをもっとさらけ出せていたら。
もし、その友達に対して、飾らない自分を見せることができていたら。
そう思うと、今でも胸が締め付けられます。
あの日々を振り返ると、あの教室の湿った空気や、冷たい視線が鮮明に蘇ってきます。
場面緘黙後に訪れた「人付き合いの難しさ」という壁は、また別の問題として私の中に深く刻み込まれました。
終わらない「自分」との対話
高校時代のあの苦しみは、今思えば、私自身が「自分の殻」を破るために必要な痛みだったのかもしれません。
当時の私には、自分のこと以外を考える余裕がありませんでした。
それは仕方のないことでした。
極限まで追い詰められていたのですから。
あのとき、もし私が「実は今、外見のことでいっぱいいっぱいで、余裕がないんだ」と一言でも言えていたら。
その友達とは卒業の時まで笑い合えていたのでしょうか。
でも、誰かに言えるはずもなかった・・・
それだけは断言できます。
長い間、私は後悔を抱えていましたが、今なら自分の気持ちが痛いほどわかる。
人間関係とは、常に自分の心の状態と深く結びついています。
自分の心の在り方が不安定であれば、他者との関係もまた、グラグラと揺らいでしまいます。
あの教室で一人、言葉を飲み込み、罪悪感に押しつぶされそうになっていた自分へ。
なにもアドバイスなんてできない、
なにか解決策があるわけでもない、
でも……
「ただ、生き延びてくれてありがとう……」
今の私なら、そう声をかけてあげられる気がします。
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